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The ONE

-光を愛した暗殺者-
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-番外編-AGI'S REAL-04


「早く!こっちだよっ!!」
 俺は腕を引っ張られ、強引に彼女の家に連れてこられた。
 こんな風に話しかけられるのは久しぶりで、呆気にとられて殺してやろうなんて考えは頭から消えていた。それでも何度か腕を振り払い、逃げようと試してはみたけど、彼女は一生懸命追いかけてきて、そのしつこさに呆れた俺は結局あきらめた。
 こんなガキは初めてだった。
 連れてこられた家は、郊外の閑静な住宅街にあった。どの屋敷も大きな家に広い敷地を持っている。明らかに俺とは無縁の世界だ。彼女の家も、例に漏れることなく大きくて立派だった。でも見事に手入れをされた他の屋敷とは違い、庭のあちこちに雑草が生えていたり、家もどことなく雑然としていた。散らかっているわけではないけど、なんだか不器用に管理している感じが拭えない。これだけの家なら、使用人の一人もいそうなものなのに、どうやら兄妹の二人だけで住んでるらしい。彼女は俺を連れて庭先から家に入ると、大きな声で兄を呼んだ。
「兄様ー!兄様ーっ!!」
 すると、家の中からすぐに一人の男が出てきた。
「おかえり。早かったね」
 その男の姿を見て、俺は血の気が引いた。政府の制服を着ていたのだ。
「お前の兄貴って役人だったのかよっ!こんな所に連れてきやがってっ!」
 すぐに逃げようとしたけど、また彼女にしっかりと腕を掴まれその場に座らせられた。
「お友達かい?」
 男は俺の血にまみれた姿を見ても、顔色ひとつ変えなかった。
「兄様!怪我してるのっ!手当てしてあげて!」
 彼女の言葉を聞いて俺に近づく。
 腕の怪我を確認して、淡々と男は言った。
「この血は君のじゃないね?」
「当たり前だろ。この程度の怪我でこんなに血が出るかよ」
 嫌味をたっぷり込めて言ってやると、男は救急箱を取り出して手当てを始めた。
「牢屋にぶち込むなら手当てなんかしねえでさっさと連れてけよ」
 そう言っても、男は無言で手当てを続けた。
「兄様、どう?大丈夫?」
 彼女が声をかけると、男はニッコリ微笑んで顔を向ける。
「ただのかすり傷だよ。それより流唯、買い物は?」
「あっ!忘れてた!!今から行ってくるっ!!」
 言われた彼女は、俺を置き去りにしたまま慌てて家を飛び出していった。
「やれやれ…。困った子だろ?」
 彼女の後姿を見送ると、男は眉尻を下げて苦笑する。
 それを俺は冷めた目で見つめ、ぶっきらぼうに促した。
「…幼い妹もいなくなったことだし、さっさと連れてけよ」
「どこへ?」
「だから牢屋だよ!あんた役人なんだろっ?」
「君は何かしたのかい?」
 おいおい…。こいつら兄弟揃って頭がおかしいんじゃねえのか?
 なんだかめまいがしてきた。
「俺は今 人を殺してきたんだぜ?役人なら捕まえるのが当然だろ?」
「残念ながら、俺はその場面見てないんだよね。証拠もないし、おまけに町のトラブルは俺の仕事じゃないし?」
 あいた口がふさがらないってのはこういうことなんだろう。
 俺は口をパクパクさせて顔を真っ赤にした。
「それでもあんた役人かよっ!人殺しの犯人を見逃すのかよっ!!」
「だから言ってるだろう?俺はその場面を見てないし、証拠もないし、担当でもないんだって。俺はただ妹が連れてきたお客さんの手当てをしてるだけなんだよ」
 こいつは本当に役人なのか?
 もしかしたら、役人の制服を着てるだけで本当は役人じゃなかったりして。
 いや…、そんなことあるわけねえよな。
「もし君さえ良ければ… あの子の友達になってくれないか?」
「はぁっ?」
 やっぱり役人じゃねえのかも。
「あの子は、一人ぼっちなんだよ…」
 …そういえば、さっき本人もそんなようなこと言ってたような。
「でもあんたがいるじゃねえか」
 俺とあいつは全然違う。
 俺から言わせれば、あいつは一人ぼっちなんかじゃなかった。何より、帰る家がある。
 そう思った俺に対し、男は困ったような笑顔を見せた。
「俺はいつも一緒にいられるわけじゃないんだ。今日はたまたま。そんなたまたま俺がいる時に君は来たんだよ。これは偶然とは思えないだろ?」
「なんだそれ」
 兄弟揃って人の話を聞かないタイプらしい。
「あの子は……、いつもこの家に一人でいるんだ。親は早くに逝ってしまったし、過去にちょっと問題があってね、それからずっと一人なんだよ」
「問題?」
 ちょっと引っかかる言葉だった。
「話したら友達になってやってくれるかい?」
 でもそれとこれとは話が別だ。
「俺、うるせえガキは嫌いなんだよ」
 そう言うと、
「流唯はうるさくなんかないぞっ!」
 自分のことみたいに剥きになって言われて、ちょっとビックリした。
「……実はね、あの子は前科者なんだよ」
 確かに犯罪を犯すタイプには見えないけど、別に驚かなかった。
 俺だってあれくらいの年の頃には犯罪に手を染めてたし。
「ふーん」
 適当に相槌を打つと、そんな俺の態度を気にもせず男は続けた。
「過去に人を殺していてね……。とは言っても、実際にあの子が殺したわけじゃないけど、騙されて殺しの片棒を担いでしまったんだよ……」
「………」
「運悪くやくざに利用されて手を貸してしまったんだ。その結果、ひとつの家族が命を落とした…。あの子は何も知らなかったんだ」
 結局は、何も知らないお子様が人助けのつもりでやったことが“こっちの世界の人間”にうまく使われたってわけだ。
 バカらしくて呆れてしまった。
「殺されたのはあの子の友達の家だった。あの子は大好きな人達を殺す手伝いをしてしまったんだ……」
 その言葉には少しドキっとさせられた。
 俺も大好きだった母親を自分の手で殺していたから。
「それからしばらくは家にこもって泣いてた」
「…だろうな」
 俺も母さんを殺した時は、これ以上ないってくらい泣いた。
「他の友達は見事なほどあの子から離れてしまって、世間から向けられる目も冷たくなって、おまけに俺は周りの人達から同情される始末だ。親がいないせいでさんざん苦労してきたからね。その上俺は仕事があるから、一緒にいてやることもなかなかできないし、結局あの子は一人になってしまったんだよ」
 まあ、一度犯罪を犯すと周りの目っていうのは冷たくなるもんだ。俺もその道を通ってきたわけだし、そうなる前の平和な時になんて、いくら戻りたいと思っても戻ることなんかできないし。
 俺はつい自分の過去と重ねて考えた。
「あの子は自分で望まずして人殺しになったんだ…。本当はそんな子じゃないんだよ。それは俺が一番良く知ってる」
 それは俺とは違うかな。俺は自分の意志で殺し屋になったんだし。
 でも、望まずして人殺しになったんじゃ苦労してるだろうに。
 気づかないうちに情を抱いていたら、急に話していた男が笑顔を見せた。
「ここまで話したんだ。友達になってやってくれるよね?」
「なっ?!」
 その瞬間、俺は正気に戻って慌てて否定した。
「冗談じゃねえよ!あんたが勝手に話したんだろっ?」
「でも君は聞いたじゃないか」
「第一、俺なんかと友達になったらあいつはますます世間から見放されるぞっ?」
「もうとっくに見放されてるよ」
「…っ……!!」
 頭がおかしくなりそうだった。
 俺に友達?殺し屋が役人の妹と友達になれって言うのか?
「そんなことしたらあんただってマズイだろっ?!」
「俺は君が犯罪者だなんて知らないし。証拠も持ってない。それに妹が気に入った人なら俺も信用できるんだ」
 ……つまり、大事な妹のためなら犯罪者をかばってもいいと?
 どこまで頭がイカれてるんだ…
「君さえ良ければここに住んでくれてもかまわないんだよ?」
「は?」
「君は元々大都の人間じゃないだろう。おまけに親もいない。この町での家もない。毎日その日暮らしをしてるならここに住んでもいい」
 ――って、待てよ? ずいぶん俺のこと知ってるじゃねえか。
「あんた、前にも会ったことあったっけ?」
「気のせいだよ」
 その頃戦闘部隊の副隊長をしていた瑠昇さんは、もちろん俺のことを知っていたんだ。
 俺は町をかなり荒らしていたし、何度も牢屋にぶち込まれてた。
 そう考えたら、俺のことを知ってるのも当たり前だった。
「…でもここには住めねえよ。俺がここに住んだらあいつだって危険だろ」
 俺の命を狙ってくる奴らに、彼女が狙われることだってあり得る話だ。
 冷静になって答えると、やっと男もあきらめの色を見せる。
「そうかぁ…」
 ガックリと肩を落として落ち込む様子は、思った以上に俺を追い詰めた。なんでか放っておくことができなくて、無意識のうちに焦っていた。
「でも…、たまになら遊びにきてやるよ」
 言った言葉に、自分でもビックリした。同時に目の前の男はパっと目を輝かせる。
「ありがとうっ!!」
 満面の笑みを見せて俺の手をとり、弾んだ声で礼を言った。

 ありがとう……

 久しぶりに言われた言葉だった。
 すごく複雑な気持ちになって、動揺せずにはいられなかった。一気に顔が熱くなって、体から煙が出てきそうだった。
「まだ自己紹介をしていなかったね。俺は『瑠昇』、妹は『流唯』だ」
 男はニコニコしながら俺の手を握り、ブンブンと上下に振った。
「俺は……」
 照れながら俺も自己紹介しようとしたら、
「ただいまー!」
 流唯が帰ってきた。そして、
「流唯。今日は『あっくん』泊まっていくことになったから、夕飯は豪華に頼むよ」
 瑠昇さんは俺のことなどおかまいなしにそう伝え、
「本当っ? じゃあ、お料理がんばるねっ!」
 流唯も喜んで笑顔で答えた。
「なんでそうなるかな……」
「今日はもう“仕事”はないんだろ?お祝いに夕飯をご馳走するよ」
 すっかり瑠昇さんのペースに乗せられた俺は、もう何も言えなかった。
 っていうか、『あっくん』て……、俺の名前も知ってたんじゃん……。
 結局俺は勢いに呑まれ、慣れないことに動揺してるうちにあっという間に取り込まれてしまった。

 今思うと、これは運命だったんだと確信できる。
 その頃の俺は愛情に飢えていた。同時に一人でいることが当たり前だった俺にとって、二人の存在は異質そのもので日常離れしていたし、俺に向けられる二人の言葉や、眼差しや、表情や、その場の空気さえもが新鮮で、俺はどうしたらいいのかまったく分からなかった。だけど二人のすべてが俺の心を温かくさせた。この二人だけが、俺を普通の人間として見てくれた。流唯の手料理を食べた時、本当にうまくて泣きそうになった。すごく胸が苦しくなった。

 本当はずっと寂しかったんだ。
 ずっと辛くて、苦しかったんだ。
 誰かに聞いて欲しかった。
 そばにいて欲しかった。
 優しくして欲しかった。
 笑いかけて欲しかった。

 俺はずっとこれを求めてたんだ…

 そしてそれからの俺は、二人の友達になった。

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